桃蜜譚
4.帰るところ
「のとなりに座るのはオイラだ!」「いいや、俺だね」
夕食の時間。犬と猿がを挟んで睨み合い、火花を散らしています。
その様子を冷ややかに見ていた雉が、器用にお茶をすすりながら言いました。
「両隣に座ればよいのでは」
「「なるほど」」
犬と猿が同時にうなずきます。ですが――
「わたし、桃太郎くんがいい……」ぽつりと、が呟きました。
「なら、こうしよう」
桃太郎は苦笑しながら、を抱きかかえ、ひょいっと膝の上に乗せました。
「ほら、これで三人とも座れるだろう」
は桃太郎の膝の上にちょこんと収まり、愛らしい微笑みを浮かべました。
その光景を、雉は興味なさそうに眺めていました。
***
楽しい夕食の時間はあっと言う間に過ぎ去って、夜の闇が訪れます。
焚き火の明かりが揺れる中、桃太郎たちは円を描くように座り、作戦会議をしていました。
「では、説明します」
雉が静かに口を開きました。
「鬼ヶ島に直接攻め込むのは無謀です。敵は数が圧倒的に上。我々が真正面から挑めば、すぐに囲まれてしまうでしょう」
雉の言葉に、犬と猿が苦々しく頷きます。誰もがそのことは理解していました。
「ですので、まずは敵陣の撹乱です」
雉は静かに続けました。
「パトリオットミサイルを鬼ヶ島の重要拠点に撃ち込んで、その混乱に乗じて上陸するのです」
――目標物迎撃用追跡位相配列レーダー(Phased array Tracking Radar to Intercept on Target)通称・パトリオット。円形に配置された送受信素子で構成されるフェーズドアレイレーダーを搭載しており、これ一台で探索、目標識別、追跡、そして破壊までを行える優秀な兵器です。
「でもパトリオットミサイルなんてどこにあるんだい?」
「こんなこともあろうかと用意しておきました」
「さすが雉、オイラの子分」
「ふーん、なんだかよくわからねーけど、雉が言うなら安心だな」
「そうだね。任せたよ」
「お任せください、桃太郎様」
こうして作戦は決まりました。
夜の森。遠くでは虫の声が響き、風がそっと葉を揺らしています。
雉はひとり、パトリオットミサイルの手入れをしていました。
「雉くん」
名を呼ばれて雉が顔を上げると、そこにはが立っていました。
「聞きたいことがあるの。わたしバカだから難しいことわかんなくて……ヘンなこと言ってたらごめんね」
「いいですよ、何でも聞いてください」
「……あのね、パトリオットミサイルは空中目標を迎撃するための対空兵器だから、地上の狙った地点に着弾させるのは難しいんじゃないかなって」
「大丈夫ですよ」
雉は軽く笑って答えました。しかしそれはどこか突き放すような、距離を感じる笑みでした。
「地上に誘導するだけですから」
「……それって」
ハッと何かに気付いたように、の声がかすかに震えました。
「ひょっとして、ミサイルを抱えて突っ込むつもり?」
雉の手が一瞬止まりました。しかし、すぐにまた元のように作業を再開します。
「そうだとして、何か問題が?」
「あるって! そんな事したら死んじゃうよ!」
「構いませんよ」
雉は冷たい声で答えました。
「生きて帰ったところで、帰る故郷なんてありませんから」
この戦いで死ぬ事、それは本望でした。彼の故郷は、鬼に滅ぼされたのです。復讐――両親や村の仲間達を殺したこのパトリオットミサイルで鬼どもに同じ地獄を味合わせてやること、それだけが彼の生きる意味なのですから。
「……あるよ」
はうつむいて目をぎゅっと閉じながら言いました。
「……何が、です?」
「雉くんの帰るところ」
の瞳が雉を見つめます。
「桃太郎くん、犬くん、猿くん、わたし。みんな雉くんのことを家族みたいだと思ってる。だから、ここが、わたしたちのいる場所が、雉くんの第二の故郷になってほしい」
は一歩、雉に近づきました。
「ひとりで抱えこまないで」
「…………」
雉は、ゆっくりと目を閉じました。
ずっと自分は独りだった。故郷を焼かれ、仲間を失い、守るべきものをなくした。生きる意味すらなくした。
だから、戦うことだけを考えた。一人でも戦えるように強くなった。命を捨てることに、迷いはなかった。
けれど――
「……仕方ないですね」
雉は、ふっとため息をつきました。
「また新しい作戦を考えなければ」
「えっ」
「みんなの力を信じて、みんなで戦う。そんな作戦を考えましょう。今度はみんなと一緒に」
雉は静かに笑いました。今度は嘘偽りのない、本当の笑顔で。