桃蜜譚

5.桃蜜譚

 野を越え山を越え、辿り着いたのは広い海。この海を越えればついに敵の本拠地です。
 桃太郎は浜辺に座って夜の海を眺めていました。
 少し離れたところでは、犬、猿、雉が眠っています。今は決戦に向けて体力を温存しなければいけない時。それなのに、桃太郎はどうしても眠れませんでした。

「桃太郎くん」
 柔らかな声に振り返ると、がいました。美しい毛並みが月の光を受け、神秘的な輝きを放っています。
「眠れないの?」
「……うん、少しね」
 桃太郎は小さく笑ってみせました。
 は桃太郎の隣にちょこんと座り、空を見上げました。
「お月さま、きれいだね」
「そうだね」
 たわいのない言葉を交わしながら、二人はしばらく並んで海を見つめていました。
 桃太郎はぽつりと呟くように言いました。
「……怖いんだ」
 海を見つめたまま静かに言葉を続けます。
「犬も、猿も、雉も、も。巻き込むべきじゃなかった。僕のわがままで始めた旅のせいで、皆を危険な戦いに……」
 桃から生まれた不気味な子。村の中に居場所のなかった自分でも、鬼を退治して皆の役に立てばきっと受け入れてもらえる、そう信じて始めた――そう、これはただ、居場所も価値も持たなかった自分が、自身を探すための旅。
「こう思ってしまうんだ。鬼退治なんてやめて、どこかで君と一緒に暮らしたいって」
 その旅で彼は見つけたのです。桃の中で握りしめていたペンダントの謎よりも、彼に剣術を教えてくれた人間離れした強さの師匠の行方よりも、もっと大切なものを。
「……ダメだよ」
 は桃太郎にそっと体を寄せて、優しく答えました。
「巻き込んだなんて言わないで。わたしもみんなも、自分の意志でここにいるんだから」
 彼を見上げる瞳は穏やかで、強い光を宿していました。
「一緒に戦おう、みんなで」
 微笑むの姿に、桃太郎もつられて微笑みました。
「ああ、そうだね。……ありがとう」
 夜の波が、穏やかに打ち寄せていました。

***

 そんな二人の姿を、夜闇に紛れて仮面の男が見ていました。
(泣き言を言うのであれば喝を入れてやるつもりだったが)
 どうやらその必要はないようだ。昔を思い出して男の口元に小さく笑みが浮かんでいました。
 ――成長したものだ。あの泣き虫だった子供が。
(ククク、だが気を付けろ。貴様のそばにいるそいつは『光の巫女』……貴様にとっては薬にも毒にもなるだろう。なぜならそいつは貴様を封じていた桃そのものといっていい高次元エネルギー体。貴様を守ると同時に貴様の弱点となり得るのだ。創世と同時に生まれた世界樹に実りし結晶、全ての命の源、全ての命の行き着く先。宇宙を内包し、同時に宇宙に内包される。その力、果たして貴様に扱えるかな)
 やりかたは知っているはずだ。この子には剣術だけでなく自分の持てる全てを教えてきたのだから。
 男はかつての愛弟子の姿をもう一度目に収めました。
(来るがいい、私を倒しに。――我が息子よ)
 不敵な笑みを浮かべると、仮面の男は闇に消えて行きました。

***

 海原を進む船の上、桃太郎は静かに前を見据えていました。
 彼方に広がる水平線。その先に、鬼ヶ島の影が見えています。

「がんばろうな、
 犬が元気よく尻尾を振ります。
「足手まといになるんじゃねーぞ」
 猿は冗談まじりにおどけてみせます。
「行きましょう、勝利は目の前です」
 雉は皆を勇気付けます。

「いざ、鬼ヶ島へ!」

 船は進みます。鬼ヶ島へ向かって。
 桃太郎たちの戦いはこれからだ!

☆ご愛読ありがとうございました!パラ犬先生の次回作に御期待ください!