3番目の結末魔王に味方するか、勇者に味方するか。 本来の任務を遂行するか、長い戦いを共に進んできた友を選ぶか。 彼が選んだのは――――――前者だった。 彼の…ニートの選んだことだ。 どんな結末になろうが、それは彼が決めたことだ。 だから、自分はこれ以上手を出す気はなかった。 もう…彼が人として、元に戻ることは二度とないだろう。 彼が生まれたばかりの頃。 とても人間らしい、純粋な瞳をしていたのを思い出す。 それがつい最近になって、めっきり死んだ魚のような瞳しかしなくなった。 それを変えるきっかけを作ってやりたい。 だからこそ、この場を用意したのではなかったか。 …私は、何をやっているんだ? 私の使命は、彼を守ること。 「守る」という言葉は、様々な捉え方が出来る。 物理的に守るという意味合いの他にも、精神的に守るという意味も含む時だってある。 それは例えば…今。 異世界の魔剣に心を蝕まれ、魔王モルデンテの後継者になろうとしている彼を、元の、人間としての場所に連れ戻してやること。 それは、彼の心を「守る」ことに他ならない。 いや…今となっては、「取り戻す」ことになるのか。 でも、「取り戻す」ことで守れるものもあるだろう。 女であることをコンプレックスに感じていた私の心を、たった一言で溶かした彼を。 その純粋で温かな心を、私には守る義務があったはずだ。 私の使命は、彼を守ること。 私は、彼の味方以外にはならない。 「…おい、まだ息はあるか」 足下に転がる勇者に声をかけると、苦しげに首を擡げた。 あれほどの致命傷を負わされておきながら、まだこれほどの余力が残っているのは、流石伝説の勇者とでも言ったところだろうか。 「あいつは本来、嘘がつけない奴だ。今回は私の指示で、さもお前の味方のように振る舞ってはいたが…恐らく本当は任務など関係なく、お前側に付きたかっただろう。だが、私は『死』という言葉であいつを試した。本当にあいつをこの世に生かしておいていい存在なのかを確かめるために。そしてあいつは『死』を恐れ、魔剣に喰われた。本当ならこのまま放っておくのが、私の立場的には正解なのだろうが…」 自分でも珍しく饒舌だな、と思った。 そのまま勇者の傍に膝をつく。 「…私も所詮人間のようだ」 勇者にかざした自分の手から、暖かな光が零れる。 万物の生命力を回復させる奇跡―――「再生」だ。 目の前の勇者の顔が驚愕に彩られる。 「……どうして回復させるのか、といった顔だな。 お前は私達のことを、自分を裏切った憎き敵だと思ってはいないだろう。思っているのなら、それだけの深手を負わされてなお、あいつの身を案じたりなどは しないはずだからな。……私も、お前と同じだ」 光が消え、勇者が立ち上がる。 利けるようになった口から零れたのは、疑問の言葉だった。 「…ニートは、もどってきてくれるのかな」 「さあな。だが、私は戻ると信じている。だからこそ、お前を回復させたのだ。今では強大な力を持っているあいつに、私一人で太刀打ち出来るはずもあるまい?」 「…もどしてあげよう。どんなにうらぎられても、つきはなされても、ぼくにとってニートもノエルも、だいじなともだちだから」 傍らの勇者が予備用の剣を手に取った。 用意周到だな、と感心しながら自分もベルを構える。 そして、自分のことを友達だと言われたのが初めてだったことに気づいた。 「…友達…か…」 私の使命は、ニートを守ること。 もし、あいつがまた人の心を取り戻すことが出来たとしたら。 その時は、友と呼んでもいいだろうか。 「随分と面倒なことをしてくれたな」 ニートが、手にした魔剣を向ける。 その笑みは醜悪に染まっていた。 「…逃げないのか? ノエル。得意のホーリーワープでさっさと逃げれば死なずに済むぞ」 「そうだな。その通りだ。だが、ここで逃げ帰ったら任務失敗で私が殺されかねん。私の使命はお前を守ることだ。任務失敗と見なされ殺されるぐらいならば、お前を守るために危険へと身を晒す方がまだマシというものだろう」 「あくまでサンタクロースとしての使命を貫くということか。なら、ここで僕に殺されても何の文句も言えない。それでいいんだな?」 「私は死なん」 がらん、と手にした除夜の鐘が重々しい音を立てて鳴らされる。 全ての煩悩を破壊するといわれる鐘。 お前の心の闇を、煩悩を、消し去ってみせる。 そして、お前を守る。 「死んだらお前を守れんだろう。私は生きて、お前の心を守る」 それを聞いた彼の顔がにやりと歪み、魔剣の切っ先が突きつけられる。 傍の勇者に目をやると、彼は既にニートへと斬りかかっていた。 自分もすぐに精神を集中させ、呪文詠唱を始める。 ―――だって、ノエルはノエルだろ。 だったら、お前だって、お前だ。 帰ってこい、ニート。 |